現在2022年4月23日20時22分である。(この投稿は、ほぼ2820文字)
麻友「前回の、集合としての整数というのは、いきなり定義が多過ぎて、全部は、分からなかったわ」
私「それは、当然だね。大学の数学科へ行くと、毎授業、毎授業、新しいことの定義の嵐だよ」
若菜「見てる方、分かるのですか?」
私「予習してきている人と、才能のある人以外、脱落していく」
麻友「脱落ということでは、中学や高校でも、数学で脱落していった人は、大勢いたわね」
私「前回の定義を、問題を解くのに使って、腕に馴染ませてみない?」
結弦「問題?」
私「これだよ」
『AKB48中学数学』
若菜「あっ、これも解いてあるんですか?」
私「いや、まだ手付かずだった。でも、『AKB48小学算数』を、麻友さん達の前でやったら、結構良い感触が得られたので、こっちも解き始めた」
麻友「やったねシール、貼ってるの?」
私「あれ、小学校のにしかないんだ」
麻友「そっか。シールのために、頑張っているんじゃないんだ」
私「実物を見たい人も、いるかも知れないから、写真撮った」
麻友「出だしから、間違えているじゃない」
私「お恥ずかしい。『次の数を,正の符号,負の符号をつけて表しましょう。』という問題文を読まずに、適当に解いたから、符号のプラスを付け忘れた」
若菜「京都大学理学部数学科でも、この程度か」
私「まあ、気を取り直して、問題を見る。大きい小さいは、不等号『<』で、表すけど、実は、私達は、あの宝塚の自然数の場合でしか、定義してない」
麻友「何その宝塚の自然数って?」
私「あの自然数作るとき、 を作るのに、宝塚の組名を、使ったじゃない。その後、それを使って、不等号は、>か、=か、<の、ひとつ、そして、ひとつのみ成り立つということを、証明した。それから、遂にその自然数を使って、 を定義し、 からでも、 を、作れることを知った。そして、その自然数に慣れてから、改めて、新しい自然数を、
定義 49 自然数
自然数とは、以下の様に集合で表されるものと、定める。
定義 49 終わり
と、定義し直したんだ。今度の自然数は、 を含むが、以前の自然数は、 を、含まなかった。だから、区別するために、以前の自然数は、宝塚の自然数と呼ぼう」
定義 50 宝塚の自然数
このブログの『1の定義』という投稿、またはそのもとになった、ドラえもんのブログの『1から始める数学(その7)』という投稿で、提案した、自然数は、もう役を終えているが、ときとして、自然数を振り返るとき、『宝塚の自然数』と、呼ぶこととする。
定義 50 終わり
麻友「ちょっと、聞きたいんだけど、
定義 43 等号
以下の2つの集合論の公理を満たす記号『』を、等号と呼び、 のとき、 と は、集合として等しいという。
公理 44 外延性公理(がいえんせいこうり)
とは、 の中身と、 の中身が、等しいことである。
公理 45 等号公理(とうごうこうり)
で、 が、 の中身のひとつならば、 も、 の中身になっている。
定義 43 終わり
と、新しく、等号を定義したじゃない。どうして公理が、2つも必要だったの?」
若菜「それは、私も、疑問に思いました」
私「きっとね、試してみれば、良いんだよ。まず、今、新しい方の自然数で、 を、考えよう。今、 という集合を、 というものと、定義しよう。つまり、 と、いうことだ。このとき、見てみれば分かるように、 と、 は、中身が同じだ。だから、 だ。ところで、この二者は、イコールで、結べたというだけでなく、本当に同じものであって欲しい。どういうとき、問題になるかというと、 だから、 は、 に、含まれている。ところで、このときもし、 が、 に含まれないことが分かったら、 と、 は、本当には、同じものではなかったのだと、言うことに、なってしまう。この問題を回避するために、等号公理というもので、例外が起こらないようにしているんだ」
結弦「でもそれでは、等号の性質を、書き取ったというより、お父さんが、等号というものに、こういう性質を持てと、強要したみたいじゃない」
私「そういうことなんだよ。数学というのは、自分で、こう築き上げようと、自分の美的センスで、作っていくものなんだ」
若菜「そういう哲学みたいなものがないと、数学を楽しめないんですね。試験で良い点数取るために、勉強しているのは、もったいないですね」
私「今日は、遅くなっちゃった。途中だけど、投稿するよ」
若菜・結弦「おやすみなさーい」
麻友「おやすみ」
私「おやすみ」
現在2022年4月23日22時33分である。おしまい。